2月7日から23日までの17日間、史上最多の88の国と地域からの参加によって冬季オリンピックソチ大会が開催されました。
また日本にとっては、海外で開催された冬季オリンピックでは最も多い8つのメダルを獲得するなど、実りある大会となりました。
この大会を観戦して一番に感じたのは、若手とくに十代の選手の活躍でした。
まず、スノーボード男子ハーフパイプの平野歩夢(15歳)選手が銀メダル、平岡卓(18歳)選手が銅メダルを獲得しました。
そして何よりもの快挙が、男子フィギュアスケートで金メダルをもたらした羽生結弦(19歳)選手の活躍でした。
一番期待された女子スキージャンプの高梨沙羅(17歳)選手は、残念ながら4位入賞にとどまりましたが、ひときわ十代の選手が世界に羽ばたいたソチオリンピックでした。
その活躍ぶりは、まさしく神童を思わせるものです。
よく、年配者の「今どきの若い者は…」とか「近頃の若いやつらは‥」などと嘆きさげすむ言葉を耳にします。
筆者も若いころ、聞こえよがしに発せられる此の手の言葉にたびたび遭いました。諸事において未熟ゆえ、のことかもしれませんが、批判される若者にとってはまことに理不尽なこと、忸怩たる思いに陥る言葉です。
熟練に至った人が若い者の未熟を嘆くということであれば、なにも、今どきの、若い者に限ったことではなく、かつては当の熟練者も歩んで来た道のはずなのに…。
ですが、どうもこの種の物言いは、古今、洋の東西を問わず、人間が本来的に持つ習癖のようです。今から五千年も前の古代エジプト時代、ピラミッドの玄室の天井裏などにも同じような文言が刻まれていたと言われています。
また時代が下り、プラトン対話篇『国家』にも、さらに日本の古典『枕草子』(清少納言)、『徒然草』(吉田兼好)などにも同様の口吻で若い者の不出来を嘆いているとのことです。そういえば『葉隠』(山本常朝口述、田代陣基筆録)にも当世武士の風潮を嘆く言葉が連ねられていました。
人間は数あまた生死老少の転生をくり返しているわけですが、いつの時代も若者は、今どきの…、なのでしょう。
これは思い出の浄化作用、あるいは記憶の美化、といいましょうか、「昔はよかった」という思いと同根にあると考えられます。
ところがこの度のソチ大会では、開幕当初にして今までの既成概念をぶっとばす快挙をやってのけました。今どきの、しかも十代の若者の大活躍です。これにはうるさ型の年配者も…、満面に笑みをほころばせたことでしょう。
話は剣談に移りますが、剣道はオリンピックスポーツとは競技性においてやや趣を異にするものではありますが、「将来、剣道で彼らのような神童が出現する可能性はあるでしょうか?」と、尋ねられれば、「否」と言わざるを得ません。
ご存じのように剣道は、短期育成がかなわず若年期において技能スペシャリストが育つことはあり得ないと考えられるからです。
ソチでの神童たちは一様に、競技を「楽しむ」という言い方をしていました。剣道の試合で、楽しむ、という表現が適当かどうかはさておき、いかに天稟に恵まれていたとしても、剣道では、自由闊達の攻防をなし得て存分な活躍ができるようになるまでには相当な年輪の積み重ねが必要です。
全日本剣道選手権大会で過去5年間の出場選手の最低年齢は21歳、最高年齢43歳、平均年齢30歳という状況です。そして優勝者の平均年齢は33歳です。なんと!平野歩夢選手の倍以上の年端を重ねての達成なのです。
全日本剣道選手権大会、過去5年間の優勝者と年齢
第57回(平成21年) 内村 良一 29歳
第58回(平成22年) 髙鍋 進 34歳
第59回(平成23年) 髙鍋 進 35歳
第60回(平成24年) 木和田大起 34歳
第61回(平成25年) 内村 良一 33歳
卑近な例で申し訳ありませんが、筆者が剣道を始めたのは中学1年生、剣道部に入部してのことです。半年ほどで面付けが許され、中学2年生の夏に初めて部外の試合に出されました。試合の内容はまったく覚えていませんが、思うにまかせぬ自分に歯がゆい思いをしながら息を切らせ打ち合ったことが遠い記憶に残っています。
このようなことで中学時代には低いレベルながら大会には何回か出場いたしました。が、上位進出などは存外のことで、自分の氏名が大会プログラムに載っているだけで満足しているありさまでした。
そして中学3年生の夏に一級を取得します。一級といえば初段の一歩手前、人間の歩行で言えば、よちよち歩き、といった具合でしょうが、この一級取得は自分にとって中学時代一番の勲章でした。
そのころの自分と引き比べ、同じ中学3年生でオリンピック銀メダルを取得した平野歩夢選手は、〝逆、今どきの〟光彩を放つ眩い存在です。
筆者は、あの選手たちが上げた成績はもちろんですが、競技の前後などに行われるインタビューでの受け答えが実に堂々としていて、しかも淡々と自分の思いを明確に述べる態度に感心しました。
また同時に自分の若いころとは雲泥の差、彼らの物怖じしない態度や社会的立場をわきまえた責任ある言動など、人間としての成熟度においても、とてもかなわないと感じました。
私たちの若い頃には、このような並外れた英才は存在しませんでしたが、もし仮に自分があの年代で、観衆の前においてマイクを向けられたとしたら‥、口ごもって何ひとつ満足な受け答えができなかったでしょう。
あらためて、「人は進化し続けている」ことを実感したしだいです。
神童たちのさらなる雄飛に期待するものです。
つづく